TYRANT

 待っていたのは、ひどく不機嫌そうな顔をした部下だった。
「やぁ真木」
 ただいまと、いつもの調子で兵部はひらりと手を振った。
 三日間連絡もなしにあちこち行っていたのは確かだが、特に何も起こらなかったのだし、部下に自分の行動をいちいち謝る必要もないと思ったからだ。
 なのに。
「……少佐」
 戻ったいつもより低い――地を這うような声に兵部はしまったと内心で舌打ちした。どうやら真木はしつこく怒っていたらしい。
「な…んだよ」
 こうなったら真木の機嫌が戻るにはしばらく掛かる。機嫌をとるのも面倒だがしつこく何日もジト目で見られるのも不本意だ。
 かくなる上は、怒るという身の程知らずな行為を真木が二度と出来ないほどにこてんぱんに言い負かさないとならないようだ。
 と、そこまでは考察と決心できたが、肝心の真木が何も言ってこない。真木の意思など意に介するつもりはない、というスタンスを取りたい兵部にとっては、先に真木が口火を切ってくれないと反撃はちょっと難しい。
 さてどうしようとひそかに逡巡しながら肩を聳やかせて今は数回りも大きくなった子供を見上げれば、ようやく口が開かれた。
「今度俺に一言もなく外出したら、それ相応のお仕置きをしますと言ってあったはずですよ?」
「お仕置き……って、なんだよそれ」
 無言も困るが、それにしても失礼すぎる言葉に兵部は眉を吊り上げた。
 真木なんて、兵部からすればまだほんの子供だ。もう年齢的に子供ではないというのなら、まだほんの若造だ。それなのに、育ての親であるこの自分にそんな口を叩くなんて。真木のくせに生意気だ。
「他の言葉が良ければそれでも」
 なのに真木はキッと睨み上げる兵部の視線など意に介してないように言い捨てると、一歩を大きく踏み込んでくるから、何となく兵部は一歩を下がってしまった。断じて、気圧されたわけではないけれど。
「何するんだよ」
 壁に背を押し付けられる体勢になんだか屈辱感だ。むっとしつつ見上げた先で真木がネクタイに手をやり、ぎゅっと引き下げるのが見えた。ただそれだけの仕草に柄にもなくどきりとしたのは、真木らしくもなく乱暴で、ひどく雄くさいものに感じたからだ。
「しばらく外になんか出られない身体にして差し上げますよ」
「なっ……、」
 だがそれから続く宣言の乱暴さにはさすがに不愉快な気持ちの方が強まった。誰に止められようと自分のしたい事をするのが自分のポリシーだ。いくら一番の部下である真木でもそんな権利はない。出掛ける兵部に追い縋って泣いて止めるのならまだしも。
 なのに真木は兵部の憤慨にも表情を変えることなく続ける。
「あなたの身体を一番良く知っているのは俺です。たとえば、ここに触れられたらあなたは立っているのさえ容易じゃないとか」
「……っ、」
 言葉と同時に真木の手が伸び、次の瞬間ガクンと視界が揺れた事に兵部は呆然と目を見開いた。
 不意に膝から力が抜け、床に座り込みそうになるのを懸命に壁に縋って留まる。その事に何より驚いた。首を、頚椎の突起に沿って撫で上げられただけなのに。
「ほら」
 と、壁に縋った手を強く引かれた。視界が大きく反転して思わず目を瞬かせ、再び開けた視界には真木の顔がすぐ傍にあった。
 その両腕に軽々と抱き上げられて至近距離から覗き込まれているのだと気づいて憤慨とか悔しさとか色々で顔が熱くなる兵部に、真木は冷たく、呆れを混ぜた声を投げてきた。
「ちょっと触れられただけでこうなってしまうくせに」
「ちがっ……」
 そんなはずがない。
 自分は、最凶最悪の超能力者で、自分の意思以外の何者にも左右されたりしない。それは養い子であっても例外ではない。誰にも自分を支配されたりしない。……そのはずだったのに。
「あなたの身体は、ご自分が思っている以上に弱いものなのだと、判らせてあげます」
「ま……真木っ!?」
 声を引き攣らせた兵部に返ったのは噛み付くようなキスだった。

(続く)

 

(五月の日記に書きなぐってたのが発端部分でした)

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