ファーストキス |
「大好き」 「うん、僕も好きだよ」 にこりと笑い返してくれる目は優しいし、返してくれる言葉も欲しい文字のままで、でもなにか違う。 「違うよ、ホントに大好きなんだってば」 「僕だって君が大好きだよ、葉?」 膝の上に乗って一生懸命主張して、でも兵部は葉の髪をかき回しながら優しく笑うばかりだ。 一世一代の告白をしているんだからもっと真面目に聞いてほしい。そしてもっと真面目に頷いてほしい。 小さな子供の言葉だなんて片付けないでほしいのに。 言葉を重ねても伝わらない悔しさに葉はきゅっと唇を噛んだ。 「でもそろそろ子供は寝る時間じゃないのかな」 案の定、やっぱり伝わっていないらしい。兵部はちらりと時計を見てからそんな事を言う。 「まだやだ」 「もう十時だよ、ベッドに入らないと真木に怒られるよ」 「でも」 「また明日、君が起きるの待ってるからさ」 「もうっ、いつまでもコドモあつかいすんなよっ」 小さい子供を宥める大人の表情に、葉は喚いた。 こうなったらどんなに自分が本気なのかを見せてやる。 「京介、動くなよっ」 テレビとかで大人がよくやってるように、目をぎゅっとつぶって白くて綺麗な顔に自分の顔を近づける。 キスってやつだ。 何がいいのかよく判らないけど、好きな人とするものだって聞いてから、絶対に兵部とするって決めていたのだ。キスすればきっと、葉を子供扱いばかりする兵部だって葉の本気を判ってくれるはずだ。 が。 ゴチン!という衝撃と同時に目の前に星が幾つか飛び散った。 「……いって…っ、」 目測を間違って、よりにもよって兵部の額に思いっきりゴツンと頭突きをしてしまったのだと判った時には葉の額はぷっくりと腫れていた。 「……ぃ、た」 「あーあ、もぅ」 痛みでじわりと視界が潤んで、泣き出しそうになって、でもいくらなんでも情けないから懸命に我慢する中で、兵部がやれやれとか小さく溜息混じりに呟くのが聞こえた後。 ちゅ、なんて小さな音とともに、なんだかやわらかい感触が葉の口元に触れて。 「きょ…すけ、…?」 額の痛みなんか途端に消えて、葉は目前の白い顔を見上げた。 「い、今のなに?」 びっくり、という文字を体現した顔をしていたのだろう、兵部がごめんと言いながらまた頭を撫でてくれた。 そして言うには。 「痛くなくなるおまじない、だよ」 「おまじない……」 「氷を持ってくるね、冷やしておけばすぐに治るよ」 抱き上げた葉を傍らに座りなおさせ、ソファから立ち上がった兵部がリビングのドアを抜けて出ようとして、ふと振り返る。 にこりと優しく、だけど妙に宥める笑顔を浮かべて。 「泣かなかったの、えらかったな」 そう言うなり姿が消えた。瞬間移動で時間と労力を節約するつもりらしい。 少しの間だけ誰もいなくなったリビングで、葉はだって、と口を尖らせる。 「こどもじゃ、ないもん……」 赤くなっているであろう額を押さえて、もう一度呟く。だけどきっと、顔全体も真っ赤なのだろう。 そっと口元を押さえて、さっきの兵部の唇のやわらかさを懸命に思い出す中で、ふと気づけば、確かに額の痛みなんかどこかに吹き飛んでいたのだった。 ――そんなわけで、これが。 藤浦葉のあまり格好良くないファーストキスの思い出である。 |
葉っぱ君五歳とか六歳とか、そんな頃のワンシーン。 |