As Soon As Possible




 珍しく無音の中で目が覚めた。
 耳障りなアラームもしつこく呼ぶ声もない静けさの中でちらりと薄目を開けて、案の定カーテンの隙間から覗く空はまだ暗い。
 もう少し寝ていられると知った兵部は肩から力を抜いて寝返りをうとうとし……失敗した。
 自分の身体に太くて逞しい腕が絡みついていたからだ。それに気づいてまったく、と小さく舌打ちをする。
「こんなにぎゅーぎゅーにされたらいくら僕でも窮屈だっての」
 兵部は小さく毒づいた。
 長い付き合いのこの部下と一緒に寝る事は多いが、毎度毎度セックスに至るわけではない。兵部にその気があっても真木が頑として誘いに乗らない事もあるし、真木は自分の欲求より常に兵部の意思と体調を優先するからだ。
 一緒に寝ようとする時点で自分のOKは出ていると思えと何度言っても納得しない部下に、根負けした兵部が枕代わりにするだけで許してやる、というのがパターンだ(もしくは兵部が押し切って真木をノセるか、だ)。
 が、昨夜はいつもとは違った。
 初めから真木を枕にするのが兵部の目的だったからだ。それを知ってか真木もいつもよりは抵抗が少なくて、それどころか、タオルケットの中に潜り込んできた兵部をぎゅっと腕の中に引き寄せてきた。兵部の頬に軽く口付けて、おやすみなさいと呟くと同時にコトンと寝入っていたのを兵部は思い出した。
 いつもは兵部の身動ぎにもドギマギしてなかなか寝付けない真木のやや早めの鼓動を聞きながら先に寝入るのは自分の方なのに。
 ……そういえば、とその理由に思い当たる。
 この半月ほどの間、真木は仕事で東欧の方へ行っていた。本当はもっと短く帰れるはずがあちらで色々細かい仕事までして滞在が延びていたのだ。パンドラの事を最も把握している幹部の不在は大小さまざまな不便を招き、組織としての機能が完全にパンクしかけた頃に、ようやく日本へ戻るとの連絡が入ったのだ。
 とか言いつつも最後まで何やらやっていたらしく、ぎりぎりで到着した空港でようやく乗れたのが当日最終便になったとの追加連絡は兵部にも伝えられていた。
 海外も慣れているとは言え予定外の連続にはさすがに疲れているだろうし、少しも早く手元に戻したかったから成田まで迎えに紅葉をよこして、そうしてなんだかひどく疲れた顔の真木を連れた紅葉が戻ってきたのが昨夜だった。
 笑いを堪えきれない、と言う顔をしている紅葉をよそに、ぐったり疲れきっている理由を真木は口にしなかったが、接触精神感応能力者の兵部にかかれば秘密なんてものは秘密ではなくなる。
「……ホント、バカな子だよ」
 兵部はくすくすと笑った。
 空港に着いた時、日本へ向かう最終便は既に満席だったのだ。
「早く帰りたいからって、貨物部分に忍び込むなんて」
 貨物部分の気圧や温度調整なんて、客室部分に比べれば二の次だ。しかも途中でひどい乱気流にも巻き込まれて、トランクが派手に跳ね回る狭いスペースに、その長身を小さく縮めてひっそりと乗っていたなんて。
 兵部はその耳元に口を寄せた。
「…そんなに、少しでも早く僕に会いたかったのかい?」
 問いにも、深く眠っている真木からは当然返事はない。
 兵部の身体に両腕を回して抱き込んで、ひどく安堵しきった子供のように静かに眠る青年に、兵部は少しだけ身を伸ばすとその額に口付けた。
 そうして兵部ももう一度目を閉じた。
 真木が律儀に掛けた目覚ましが鳴るにはまだ充分に時間があるようだった。



ふと思いついたので一気に書いてみました。
真木ちゃんは機内ではがたがた震えながらの体育座りだったと脳内補完していただけると幸いです(笑)。