笑うセールスマン



 葉の言葉に真木はパソコンから顔を上げた。
「写真?」
「そう、機関紙の表紙、今回は俺たち三人なんだってさ」
 訝しげな真木に頷いた葉はひらひらと、なぜか隣のプレイルームを示した。
「で、その写真をここで撮るって」
「ここで?」
 真木はもう一度首を傾げた。

 ――パンドラにはカタストロフィ号という本部の他にも全国各地に構成員および賛同者がいる。彼ら全員にすべての情報を送るのは難しく、しかも環境によってはコンピュータどころか電話もそう容易に使えない。
 なので、月に一度、組織としての近況を連絡する意味で機関紙を作っていたりする。
 この機関誌における真木の担当は、最初はかなりの範囲に渡っていたが、地球環境における超能力者の在り方について書いていた連載や、次々改良されるECMについての基盤から分析した報告書などの内容が不評だったようで(紅葉はそうは言わなかったが、真木にだって何となく判るのだ)、他のメンバーと担当を変わる事が多くなり、今は実際に担当している会計部分の報告と、その月に誕生日のメンバーのリスト作成、程度になっている。
 忙しい幹部に代わって、現在の担当は黒巻をメインに、星占いや血液型相性占い、世界中のお勧めケーキショップやパンドラ的三ツ星レストランのピックアップなどの記事が増えた。
 最近はパティも関わっており、彼女得意の手描きイラストも兵部のものを中心に、特に男性メンバーにスポットを当てて、○○と兵部、とかいうパティ視点による紹介コーナーなどもあったりする(内容は時によく判らなかったりする。特に、なぜこの組織の首領である兵部の名を先に書かないのかが判らないのだが、彼女は何度言っても頑として譲らないのだ)。
 初めはかなり雰囲気が変わっていく機関誌に眉を寄せていた真木だったが、真木が担当していた時よりもずっと配布数は増え、しかも皆が熱心に目を通るようになった。なので、真木はひそかに黒巻の手法には感心していたりもする(自分には到底作れないが)。
 なので、真木はすぐにノートパソの電源を落とした。それぞれ心にトラウマを抱えて状態でパンドラに来て、まだ夜泣きする子供たちの治療も行う彼女もそれなりに忙しい。
 彼女を待たせて負担を増やすのは得策ではない。
 それに、急にそんな話になると思っていなかったから、スーツとワイシャツは着ててもネクタイはしていなかったし、今のスーツもあまり良いものではない。
「少し時間をくれ、服を着替えて……」
「真木さんのはこれ」
「…………これ?」
 椅子から腰を浮かした真木の目の前に葉が突き出してきたのは妙なシャツだった。
 白い麻のシャツだ。それ自体はいい。肌の色的にも長髪的にも、自分にはあまり白が似合わないだろうという推測はついたが、まぁ色に罪はない。問題はそこではない。
「これはなんだ」
 真木は指先でそっとそれを摘み上げ、しげしげと見た。肩の辺りに何かやら模様というか、刺繍のようなものがらせん状に入っている。
「このカッコいいシャツ着て、で、ビリヤードやってるとこでも撮れば、超格好いい真木さんの出来上がりっすよ」
「いや、それは」
 ありえないだろう、と真木は呟いた。
 むさい、暑苦しいと不評な自分がこんな妙な装飾シャツを着たところで爽やかにはなりえないし、なによりこの組織に必要なのは、もっとしっかりしたビジョンと、今後の未来を背負っていく覚悟とそれに相応しい威厳だ。
 学生服に少年の姿で遊んでばかりの兵部も大概だが、だからこそ幹部の自分たちくらいは、ちゃんと真面目なところをアピールしなければいけない。
 こんなものはいらん、とシャツを返そうとした真木だったが、続く葉の言葉についうっかり手が止まった。
「きっとボスも真木さんのこと見直すんじゃないっスか?真木もいつの間にかすっかり大人になったねぇとか、良い男になったねぇとかさー」
「そ……そうか?」


 そんな言葉にうっかりその気になってしまった二週間後。
 新しい機関誌が配られて、幹部三人の中で一人で浮いている(沈んでいる)表紙に、思わず凍る真木を眺めて遠慮もなくげらげら笑う葉と紅葉の隣で。
 優しく肩を叩いてくれた兵部の視線も、微妙に逸らされ気味だったりしたのだった。
 

 

 

衝撃の本誌扉から。タイトルは、心の隙間、的な意味合いでなんとなく。
いや、確かに冷静に見れば格好いいんですが、なんか真木ちゃんらしくないというか……(笑)。
そこらへんを自分の中で説明するための短文で、別に格好いい真木ちゃんを否定するものではありません。真木ちゃんは、やればできる子!