かわいそうなまぎ

 

 相手はサイコキネシスで銃弾を操るエキスパートだ。
 念のため防弾チョッキを、と差し出せば案の定の台詞が返った。
「やだよ、重いから」
「重くありませんし、厚くもありません」
 なんせ自分の髪の炭素繊維を織り込んで作った特製だ。充分に軽いし強度に比して厚さもないに等しい。
「せっかく作ったんですから」
 そう言わずに、と縋るように頼んでしまうのはこの相手だけの事だ。それ以外の誰にわざわざここまでするだろうか(もちろん作戦に携わる全員が心配ではあるけれども)。
「お願いですから使ってください」
 いかにも嫌そうな顔をしている兵部に、最後の切り札を出す。
「……さもなければ、俺は別動に出ません」
 兵部の命令に異を唱える――というか、常識的な一言を口にする事は多くても命令に背くような事はしない真木にしてはかなりの勇気を持っての台詞だ。
 ドキドキしつつ見つめる先で、一瞬むっとした表情をした後で、
「……しょうがないなぁ」
と、兵部が大仰に溜息をつき、それからひょいと真木の手のそれをとった。
「君には女王の足止めをしてもらわなきゃならないからね」
 その呟きにほっと安堵の吐息が漏れてしまったのは二つの意味だ。なんせ兵部ときたら気紛れで、何をどういきなり変えるとも限らない。機嫌を損ねて作戦自体から外されたら元も子もないのだ。
「じゃあ大事に使わせてもらうよ」
「どうぞお気をつけて」
「君もね」
 ひらりと手を振って兵部が踵を返す。そのままテレポートをするのだろうと見送ろうとしたその時、兵部がふと何かを思いついたような目をして真木を見返す。
「そうだ、君が迎えにおいで」
「俺が、ですか?」
 作戦にはなかった言葉に思わず目を瞠ってしまえば、兵部はうん、と頷いた。
「誰よりも一番最初に僕の無事を確認したいだろ?」
 こんな高慢で自意識過剰の台詞すら愛しいなんて。
「……はい」
 じゃね、と笑い声を残して今度こそ瞬間移動で消えたその空気の揺れさえも愛しくて、真木はしばらく立ち尽くしていた。



「……へぇ、真木さんが?」
「うん、君にって」
「いつもはあんなんなのに、ずいぶん気が利くなぁ、真木さん」
 首を傾げるように、そうだね、と兵部は何食わぬ顔で相槌を打った。
「幹部として、皆が心配なんだろうさ」
 お前も見習えよと兵部は姿を初老の男に変えながら、そうだ、と大事な事を付け加えた。
「真木に礼を言うのは全部が終わってからにしろよ、盗聴されてバレたらコトだからな」
「了解〜」
 いそいそと防弾チョッキを着込み始める葉をよそに紅葉が携帯でなにやらしゃべっている。――あと少しで作戦開始だった。



 さて全部が終わってから。
 サルモネラ大統領様ご一行が狙撃をかわしている間、晴海埠頭のガラスのてっぺんで寒風に吹かれていた真木が自分がいない間の展開を紅葉と葉から聞いて、滂沱の涙を流したのは、もちろん言うまでもない。




アニメのブラックファントム編で、葉が言ってた「真木さんお手製の防弾チョッキじゃなったら」から妄想した話です。
時間なかったので日記にUPしてたので、こっちに正式に移動してみました。
NovelにUPするのがすごく久しぶりな事に気づいて愕然……。オフライン始めるとこうなるから怖い;;;